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はじめに
「あの社員、もう限界です。なんとか辞めさせる方法はないでしょうか」
経営者からこのような相談を受けることがあります。話を聞くと、長年にわたって対応に苦慮してきた社員がいて、組織への悪影響が無視できないレベルに達している。経営者の感覚は切実です。
この感覚自体は、責任ある経営者として当然のものです。組織を守るために、ある社員に去ってもらわなければならないという判断は、経営判断として正当です。
しかし、その感覚を実行に移す段階で、選ぶ方法が結果を大きく左右します。「追い出す」「辞めさせる」という言葉が頭に浮かんだ時、その方法によっては、結果として組織をより大きく傷つけることになります。逆に、別の方法を選べば、本人にも組織にも納得感のある解決に至れる場合があります。
別の記事で、「モンスター社員」を解雇するための法的要件を論じました。簡単には解雇できないこと、5段階の手続きが必要であること、安易な解雇は1,000万円規模の不当解雇判決を招くこと。
本記事では、その先の実務的な議論を進めます。「辞めさせたい」という感覚を抱いた経営者が、立ち止まって考えるべき5つの問いと、それぞれの問いから導かれる具体的な対応を整理します。安易な追い出しが組織を壊す構造を理解した上で、結果的に早く解決する道筋を示す実務記事として、お読みいただきたい一本です。
1. 問い1:本当に「あの社員」が問題なのか
最初に立ち止まって問うべきは、問題の所在を正確に特定できているかです。
1-1. 「あの社員のせい」と感じる時に起きていること
組織の中で何かがうまくいっていない時、人はしばしば「特定の誰か」に原因を帰属させます。「あの人がいなければ、うちのチームはうまく回るのに」「あの人さえ辞めれば、すべて解決するのに」。
この感覚は強力ですが、多くの場合、現実を正確に映していません。組織の問題は、特定の個人だけから生まれるのではなく、複数の要因が絡み合って発生します。
これらの要因を全て無視して「あの社員のせい」とすると、その社員を辞めさせた後も同じ問題が繰り返されます。
1-2. 「辞めさせる」前に組織を観察する
問題社員と感じる相手がいる時、その人の行動だけでなく、組織全体の構造を観察することが重要です。
観察の視点。
これらを観察すると、「あの社員」だけの問題ではなく、組織側にも変えるべき要因があることが見えてくることが多いです。
その要因に手を打たずに「あの社員」を辞めさせると、次に同じ部署に配属された別の社員も同じ行動を取り始めます。「問題社員」が次々に生まれる組織は、人ではなく構造に問題があるのです。
1-3. それでも「あの社員」が問題である場合
もちろん、組織の構造を観察した上で、それでも特定の社員の個人的な問題が原因だと判定できる場合もあります。本人の能力、姿勢、価値観が、組織と根本的に合わないケースです。
その場合は、次の問いに進みます。しかし重要なのは、最初の段階で「組織の問題か、個人の問題か」を冷静に切り分けることです。この切り分けなしに「辞めさせる」に進むと、本来は変えるべき組織側の要因が放置されます。
2. 問い2:「辞めない」のではなく、辞めるきっかけがないのではないか
「あの社員は辞めない」と感じる時、本人の意思の問題ではなく、組織側の対応の問題であることが多いです。
2-1. 多くの「辞めない社員」は、実は迷っている
経営者が「辞めない社員」と認識している人物を、本人の心境から見ると、実は迷っていることが多いです。
これらは外から見ると「居座っている」ように映りますが、本人の内側では「いつか動かなければ」という不安と、「動けない」という麻痺が同居しています。
組織側が、本人に「動くきっかけ」を提供していないと、この麻痺状態が続きます。
2-2. きっかけを提供する方法
本人が動くきっかけを、組織側から提供する方法はいくつかあります。
第一に、率直なフィードバックです。「現状の業務内容と、あなたの能力・関心の間にミスマッチがある。長期的には別の道を考えた方が、お互いにとって良いかもしれない」という、建設的な対話。これは退職を強要するのではなく、本人の自己認識を促す対話です。
第二に、配置転換の提示です。「現在の部署では難しいかもしれないが、別の部署なら活躍できる可能性がある」。これは現職の継続を一度白紙にし、新しい選択肢を示すことで、本人の状況を動かす効果があります。
第三に、退職パッケージの提示です。「もし退職を考えるなら、こういう条件で支援する」。退職金の上乗せ、退職時期の柔軟性、再就職支援、推薦状の提供など、本人が動きやすい条件を提示します。
これらは「辞めさせる」のではなく、「動きやすくする」アプローチです。本人の意思を尊重しながら、組織側から選択肢を広げる。多くの場合、これで本人が自発的に次のステップを選びます。
2-3. それでも動かない場合
きっかけを提供しても本人が動かない場合、改めて状況を観察します。本当に動く意思がないのか、まだきっかけが不十分なのか、別の要因があるのか。
ここで「もう待てない、強制的に辞めさせる」と判断する前に、別の記事で論じた解雇の5段階の手続きを確認します。法的に有効な解雇に至るための条件が揃っているか、まだ揃っていなければ何が不足しているか。これを冷静に判定することが、結果として早期解決につながります。
3. 問い3:「追い出し」を試みたら、何が起きるか
「もう面倒だ、追い出してしまおう」と判断する前に、追い出しを試みた場合に何が起きるかを想像することが重要です。
3-1. 追い出しの典型パターン
経営者が「追い出し」を試みる時、以下のような行動を取りがちです。
これらは「自然に辞めるように追い込む」意図で行われますが、現代の労働法では多くが違法と判断されます。
3-2. 違法と判断されるリスク
追い出し的な行為は、以下のような形で違法判断を招きます。
仕事を取り上げる行為。業務命令権の濫用、就労請求権の侵害として、慰謝料請求の対象となります。
不利益な配置転換。業務上の必要性のない、退職に追い込む目的の異動命令は無効と判断されます(最高裁判例多数)。さらに、人格権侵害として損害賠償の対象となることがあります。
評価の一方的引き下げ。客観的根拠のない評価変更は、評価制度の濫用として無効判断されます。
給与・待遇の不利益変更。労働者の同意なく、就業規則の不利益変更には合理性が必要です(労働契約法10条)。
これら一つひとつが、追い出し対象だった社員から「不当な扱いを受けた」として訴えられる根拠となります。
3-3. 追い出しが組織にもたらす副次的影響
法的リスクだけではありません。追い出し的な行為は、組織全体に複数の副次的影響をもたらします。
周囲の社員のモチベーション低下。「あの会社は問題があると追い出される」という認識が広がり、組織への信頼が揺らぎます。優秀な社員ほど、自分も同じ扱いを受ける可能性を察知し、転職を検討し始めます。
経営者・管理職の精神的消耗。追い出しは継続的なエネルギーを要する行為です。表面的にスムーズに進んでも、関わる側の心理的負担は大きく、長期的には経営者・管理職を疲弊させます。
業界内の評判低下。追い出された本人や、それを見ていた退職者が、業界内やSNSで発信することで、会社の評判が傷つきます。採用への影響は深刻です。
訴訟のリスク。追い出し行為が法的紛争に発展した場合、解雇よりも複雑な争点になり、対応コストが膨らみます。
これらを総合すると、追い出しは「短期的には効率的に見えるが、中長期的には組織を大きく傷つける」選択肢です。
4. 問い4:合意による解決の可能性は本当に尽きたのか
追い出しのリスクを認識した上で、改めて合意による解決の可能性を探ります。
4-1. 合意退職の利点
退職勧奨を通じた合意退職は、解雇や追い出しと比べて、以下の利点があります。
これらの利点は、組織の中長期的な健康にとって極めて重要です。
4-2. 合意形成のための対話の作法
合意退職を目指す場合、対話の作法が結果を左右します。詳細は別の記事で論じていますが、ここで確認すべき重要なポイントを整理します。
第一に、対話は「お願い」として行います。本人には拒否する自由があることを明示し、強要的な言動を避けます。
第二に、これまでの経緯を事実ベースで共有します。「会社としてあなたの状況をどう見てきたか」を、具体的事実とともに伝えます。「あなたは悪い」ではなく「現状ではあなたが力を発揮できる環境にない」という、状況論として語ります。
第三に、退職後の選択肢を一緒に考える姿勢を示します。次の職場の検討、再就職支援、推薦状の提供、退職金の上乗せなど、本人が次のステップに進むための支援を提示します。
第四に、検討期間を十分に与えます。即答を求めず、家族や専門家と相談する時間を保障します。
これらの作法を守れば、多くの場合、本人も冷静に状況を受け止め、合意退職に至ります。
4-3. 合意形成が難しい場合の構造
ただし、すべてのケースで合意形成が成立するわけではありません。本人が自分の状況を客観的に認識できない、感情的な対立が深刻化している、退職後の不安が大きすぎる、といった理由で合意に至らないケースもあります。
その場合でも、合意形成のための努力をした記録は残ります。「会社は誠実に対話を試みたが、本人が応じなかった」という事実は、後の段階での対応の正当性を支えます。
合意形成が難しい場合、解雇に進む前に、もう一度配置転換や役割変更などの代替手段を検討します。本当に他に選択肢がないか、冷静に確認することが重要です。
5. 問い5:それでも解雇に進む場合、本当に準備は整っているか
すべての対話と段階を踏んだ上で、それでも解雇に進む判断をする場合、最後に確認すべき問いがあります。
5-1. 法的要件の確認
別の記事で論じた解雇の法的要件が、本当に揃っているかを確認します。
これらが一つでも欠けている場合、解雇判断を急がず、まず段階を整えることから始めます。
5-2. 顧問専門家への相談
解雇判断に進む前に、顧問の弁護士または社労士に必ず相談します。これは推奨ではなく必須です。
専門家に相談することで、以下が得られます。
専門家への相談コストは、不当解雇判決のリスクと比べれば極めて小さい投資です。
5-3. 解雇後の組織への影響を見据える
解雇を実行する前に、組織全体への影響を見据えます。
解雇は「あの社員が辞めれば終わり」ではありません。その後の組織運営にも、長く影響が残ります。この長期的影響を見据えた上で、本当に解雇が最適解かを最終判断します。
「追い出し」発想を捨てた時に開ける選択肢
ここまで5つの問いを通じて見てきたのは、「追い出す」という発想を捨てることで、多くの選択肢が開けるという事実です。
「辞めさせる」「追い出す」という言葉が頭にある限り、対応は対立的になり、結果として時間とコストがかかり、組織を傷つけます。逆に「対話と合意」「最適化」「組織の構造改善」という発想に切り替えると、同じ問題でも解決の道筋がまったく違って見えてきます。
これは精神論ではなく、人の心理と組織の力学から導かれる実務的な事実です。追い出されようとしている人は防衛的になり抵抗します。対話されている人は、自分の状況を客観的に見つめ、自発的に動く可能性が高まります。
経営者として「あの社員に去ってほしい」という感覚を抱くことは、責任感から生まれる正当な感覚です。しかし、その感覚を実行に移す方法を選ぶ時、「追い出す」ではなく「動きやすくする」を選ぶことが、結果として早く、円満に、そして組織にとってのコストが低い解決をもたらします。
まとめ:5つの問いが、組織を守る
ここまで論じてきた5つの問いを、最後に整理します。
問い1:本当に「あの社員」が問題なのか。組織の構造側に原因がないかを確認する。 問い2:「辞めない」のではなく、辞めるきっかけがないのではないか。本人が動きやすい選択肢を提供する。 問い3:「追い出し」を試みたら、何が起きるか。違法判断のリスクと組織への副次的影響を見据える。 問い4:合意による解決の可能性は本当に尽きたのか。対話の作法を踏まえて再度試みる。 問い5:それでも解雇に進む場合、本当に準備は整っているか。法的要件と専門家への相談を確認する。
これら5つの問いを順に踏むことが、感情的な追い出し判断を避け、結果として組織を守る道筋となります。
「辞めさせたい」という感覚を抱いた瞬間に、これら5つの問いを思い出してください。問いに答える時間を取ることで、判断の質が大きく変わります。そして判断の質が、組織の中長期的な健康を決めます。
経営者として組織を守る最も効果的な方法は、安易な追い出しではなく、立ち止まって問いを立てることです。
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MONTAIは、問題社員への対応の各段階を組織として記録するインフラとして設計されています。問題行動の経緯、対話の内容、配置転換の検討、退職勧奨の経緯、専門家への相談記録。これらを時系列で一元管理することで、感情的な追い出し判断ではなく、事実に基づく冷静な判断を支えます。
「辞めさせたい社員がいるが、どう進めるべきか整理したい」「過去の対応経緯を整理して専門家に相談したい」といった段階から、ぜひお声がけください。
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