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PIP(業務改善計画)は、それ自体が違法な制度ではありません。改善の機会を構造化して提供することは、むしろ日本の解雇権濫用法理が企業に求める姿勢と整合的です。しかし、運用を誤ったPIPは、違法な退職強要・パワーハラスメントと評価され、損害賠償、解雇無効、レピュテーション毀損という三重の経営リスクに転化します。本記事では、PIPが違法と評価される4つの典型パターンと、その経営インパクト、適法性を担保する運用設計を、経営層・人事責任者・法務担当の皆様に向けて整理します。
前提:PIPそのものは違法ではない
まず押さえるべきは、裁判所はPIPという制度を否定していないという事実です。問題とされるのは常に運用です。改善目的で設計され、実現可能な目標と支援を伴うPIPは適法であり、改善機会を提供した事実の記録として、むしろ会社を守ります。
違法性の分水嶺は一点に集約されます。そのPIPは、改善のために運用されているか、退職させるために運用されているか。裁判所は、目標の水準、支援の有無、面談での言動、記録の内容といった客観的事実から、この目的を推認します。経営層が認識すべきは、目的は主観的な弁明ではなく、客観的な運用の痕跡から判定されるという点です。「当社は改善目的だった」という主張は、それを裏づける痕跡がなければ、法廷では何の意味も持ちません。
違法と評価される4つの典型パターン
①達成不能な目標の設定
過去に誰も達成したことのない水準、同職位の通常水準を大きく超える目標、改善途上の従業員に本来目標をそのまま課す運用──これらは「未達の作出」と評価されます。厚生労働省のパワーハラスメント防止指針は、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制を「過大な要求」として類型化しており、達成不能なPIPはこの類型に正面から該当しえます。
②面談での退職誘導
PIP面談の場で退職の選択肢に言及する、「達成できなければ会社にいられない」と示唆する、退職勧奨を拒否した直後にPIPを開始する──こうした言動は、PIP全体を退職強要の手段として再解釈させます。改善支援の場と退職勧奨の場は、明確に分離しなければなりません。
③支援の不在と孤立化
目標だけ課して支援を提供しない、PIP開始と同時に業務から外す、会議や情報共有から排除する──これらは改善目的の不存在を強く推認させるとともに、指針の「人間関係からの切り離し」類型にも該当しえます。
④抽象的な指摘と形だけのプロセス
3度のPIPを実施したうえでの解雇が無効とされた裁判例(東京高判平成25年4月24日)では、課題の指摘が抽象的で、問題意識を共有して改善を図る措置が講じられていなかったことが指摘されました。回数や書面の存在ではなく、プロセスの実質が審査されます。形式を整えただけのPIPは、法廷では「儀式」と見抜かれます。
違法運用が招く経営リスクの全体像
直接コスト:訴訟・和解・工数
違法なPIP運用が紛争化した場合、損害賠償・解雇無効による バックペイ(係争期間中の賃金)・弁護士費用・社内対応工数が発生します。MONTAIが営業資料で試算している労務トラブル1件あたりの損失を引用すると、和解金42万円、弁護士費用80万円、社内工数14万円という水準であり、解雇無効が確定した場合のバックペイは係争が長引くほど膨張します。1〜2年の係争で年収相当額以上の支払いが生じることも珍しくありません。
開示・ガバナンスへの波及
2023年3月期から人的資本開示が義務化され、離職率やエンゲージメント指標が投資家の視線にさらされています。退職勧奨目的のPIP運用は、これらの指標を悪化させるだけでなく、発覚した場合にはガバナンス体制そのものへの不信につながります。内部通報制度の整備が求められる現在、不適切な運用は社内から可視化されるものと考えるべきです。
採用市場・組織文化への波及
口コミサイトとSNSの時代において、PIPの悪用は確実に外部へ伝わります。「あの会社のPIPは退職勧奨」という評判は採用力を直接毀損し、社内では「次は自分かもしれない」という不安が優秀層の自発的離職を加速させます。違法なPIPの最大のコストは、訴訟費用ではなく、残った従業員の信頼の喪失です。
適法性を担保する運用設計──5つの統制点
違法リスクは、属人的な注意ではなく、仕組みで統制すべきものです。
注目すべきは、5つの統制点のうち4つまでが記録の仕組みに依存していることです。適法性は、運用の丁寧さの総和であり、それを事後に証明できるのは記録だけです。
なぜ「PIP=退職勧奨」と疑われるのか──労働者側の視点を知る
適法な運用を設計するうえで、労働者側の視点を理解しておくことは有益です。「PIP」で検索すると、上位に並ぶのは労働者側弁護士による「PIPは解雇のサイン」「安易にサインしない」という記事群です。つまり、PIPを通告された従業員の多くは、検索を通じて防衛モードに入った状態で初回面談に臨みます。労働組合や弁護士に相談済みであることも珍しくありません。
この前提を踏まえると、企業側がとるべき姿勢は明確です。疑われることを織り込み、疑いを事実で解消できる運用を最初から組むこと。実現可能な目標、明文化された支援、毎回の面談記録、本人コメント欄──本記事で整理した統制点は、法廷対策である以前に、防衛モードの従業員との信頼関係を面談のたびに少しずつ回復していくための装置でもあります。改善目的が本物であれば、それを示す痕跡は自然に蓄積されます。痕跡が残らない運用は、目的そのものを再点検すべきサインです。
ミニケースで見る適法・違法の分かれ目
同じ「営業成績不振の従業員へのPIP」でも、運用次第で評価は正反対になります。
直近6か月の受注実績と同職位平均を文書で示し、本来目標の8割の水準を3か月の目標に設定。部長の商談同行を月2回実施し、隔週面談の記録を毎回その場で残した。中間評価で進捗を共有し、目標の一部を本人の意見を踏まえて修正。退職には一切言及していない。
退職勧奨を拒否した翌週にPIPを通告。チームの誰も達成したことのない目標を1か月の期限で設定し、支援の記載はなし。面談は記録が残っておらず、本人は「達成できなければ次はない」と言われたと主張している。
両ケースの違いは、本人の能力でも会社の意図の説明でもなく、客観的事実として残っている運用の痕跡です。裁判所も従業員も、意図ではなく痕跡を見ます。ケースAの会社は仮に紛争になっても記録で運用の誠実さを示せますが、ケースBの会社は「改善目的だった」と主張する材料を持ちません。
経営層が確認すべきガバナンス上のチェックポイント
PIPの違法リスクは、現場任せにせず、経営・監査の レイヤーで統制すべきテーマです。取締役・監査役・内部統制部門の視点では、次の点を定期的に確認すべきです。
人的資本開示とガバナンス・コードの時代において、これらは人事部門のテーマではなく、内部統制の構成要素です。
適法な運用を支えるMONTAI
MONTAI(モンタイ)は、問題社員対応から派生した人的リスク管理インフラであり、PIP運用の統制点を日常業務の中で機能させます。
MONTAIは人事判断・法的判断を代替するものではありません。違法性が問題となりうる個別事案については、必ず社会保険労務士・弁護士にご相談ください。MONTAIは、その相談を事実に基づいて行うための基盤です。
まとめ
PIPは制度として違法なのではなく、退職目的の運用が違法となりえます。達成不能な目標、面談での退職誘導、支援の不在、形だけのプロセス──4つの典型パターンはいずれも、目標水準の統制・支援の明文化・面談記録の標準化・手続の分離・専門家レビューという仕組みで予防できます。違法リスクの統制とは、突き詰めれば記録の仕組みの整備です。それは対象従業員を守ると同時に、会社と、PIPを担う管理職自身を守ります。
MONTAIの資料では、人的リスクを仕組みで統制する考え方と実装イメージをご紹介しています。
参考・引用
労働契約法第16条(解雇権濫用法理)
東京高判平成25年4月24日(PIP実施後の能力不足解雇を無効とした裁判例)
厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)
厚生労働省「個別労働紛争解決制度の施行状況」
内閣府令「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正(人的資本開示の義務化)
関連リンク(MONTAI)
PIPシリーズの他記事(本サイト内)
PIP後の解雇はなぜ無効になるのか|判例に学ぶ記録の要件 (同シリーズ内・公開予定)
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