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はじめに
「うちの社員から、上司のパワハラについて相談がありました。加害者と思われる上司を懲戒処分したいのですが、就業規則を見てみたら、ハラスメントに関する明確な規定がないんです」
経営者・人事担当者からこのような相談を受けることがあります。被害者から相談を受けた、社内調査をしたい、加害者を処分したい。動こうとしてみて初めて、自社の就業規則がハラスメント対応に十分整備されていないことに気づく、というパターンです。
実は、これは多くの中小企業に共通する状況です。2022年4月のパワハラ防止法(労働施策総合推進法)の中小企業適用により、すべての事業主にハラスメント防止措置が義務化されました。しかし「就業規則の整備」という項目は、多くの企業で形式的な対応に留まっており、実際にハラスメントが発生した時に「使える規定」になっていないのが現実です。
そして、最高裁判例(フジ興産事件 平成15年10月10日)が明示するように、就業規則に懲戒の根拠規定がなければ、加害者を懲戒処分することはできません。どれほど深刻な行為があっても、規定の不備が会社の手を縛ります。
本記事では、ハラスメント懲戒のための就業規則整備について、法的背景、規定すべき具体的項目、厚労省モデル就業規則の活用方法、そして規定だけでは足りない運用設計のポイントまでを整理します。これからハラスメント対応の体制を整えようとしている経営者・人事担当者の方に、現実的な実務記事として、お読みいただきたい一本です。
1. ハラスメント懲戒に必要な法的背景
最初に、ハラスメント懲戒に関わる法的枠組みを整理します。
1-1. パワハラ防止法(労働施策総合推進法)の措置義務
2020年6月に大企業、2022年4月に中小企業に適用された改正労働施策総合推進法(通称パワハラ防止法)により、すべての事業主に対してパワハラ防止のための雇用管理上の措置義務が課されました。
事業主が講じるべき主な措置は以下です。
これらの措置の中核となるのが、就業規則への記載です。事業主の方針の明確化、加害者への対処、不利益取扱いの禁止などを、就業規則または別規程に明確に定める必要があります。
1-2. セクハラ・マタハラ等の措置義務
ハラスメント対策の措置義務は、パワハラだけでなく以下にも及びます。
これらについても、就業規則への記載と相談体制の整備が義務付けられています。実務上は、パワハラ・セクハラ・マタハラを統合した「ハラスメント防止規程」として整備することが多いです。
1-3. 直近の法改正動向
ハラスメント対策の法的枠組みは、近年急速に拡大しています。
2024年11月:フリーランス・事業者間取引適正化等法施行。フリーランスへのハラスメント対策が義務化。
2025年4月以降施行予定:カスタマーハラスメント対策、就職活動中の学生へのハラスメント対策が、新たな防止措置義務として導入される見込み。
これらは就業規則の整備にも影響します。社外の関係者(顧客、フリーランス委託先、就活生)への配慮を、就業規則の中に組み込む必要が生じます。中堅企業以上では、これら直近の動向も視野に入れた規定整備が推奨されます。
1-4. 懲戒処分の前提となる就業規則記載
ハラスメント対応の中で最も具体的な実務が、加害者への懲戒処分です。ここで決定的な制約が、就業規則への記載要件です。
最高裁判例(フジ興産事件 最判平成15年10月10日)は、「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくこと」を要するとしています。これは確立した法理であり、現代でも変わっていません。
つまり、ハラスメント行為を理由に懲戒処分を行うには、以下のいずれかが必要です。
規定が曖昧な場合や、現行の規定でカバーできない場合、懲戒処分自体ができません。形式的な整備不足が、加害者を野放しにする結果を招きます。
2. 就業規則に規定すべき項目
ハラスメント対応のために就業規則に整備すべき項目を、5つに整理します。
2-1. 項目1:ハラスメントの禁止規定
最も基本となるのが、ハラスメント行為そのものを禁止する規定です。
厚生労働省のモデル就業規則を参考にすると、以下のような規定例が示されています。
「職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない」(パワハラ)
「性的言動により、他の従業員に不利益や不快感を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない」(セクハラ)
「妊娠・出産等に関する言動および妊娠・出産・育児・介護等に関する制度または措置の利用に関する言動により、他の従業員の就業環境を害するようなことをしてはならない」(マタハラ)
これらの禁止規定を、就業規則本則または別規程(ハラスメント防止規程)に明記します。
2-2. 項目2:懲戒処分の根拠規定
ハラスメント行為に対する懲戒処分の根拠を、明確に規定します。
懲戒処分の種類は、行為の重大性に応じて段階的に設定するのが一般的です。
ハラスメント行為が、これらの懲戒事由のいずれに該当するかを明示します。たとえば「職場におけるパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントを行った場合」を懲戒事由として、行為の重大性に応じて適用される懲戒処分を定めます。
2-3. 項目3:相談窓口と対応プロセス
法律上の措置義務として、相談体制の整備が求められます。
就業規則または別規程に、以下を明記します。
これらを明文化することで、いざハラスメント相談があった時、組織として一貫した対応ができます。
2-4. 項目4:プライバシー保護と不利益取扱いの禁止
相談者・関係者のプライバシー保護、および相談・調査協力を理由とする不利益取扱いの禁止を、明確に規定します。
規定例。
「相談及び苦情への対応に当たっては、関係者のプライバシーは保護されるとともに、職場におけるハラスメントの相談窓口に相談をしたこと又は事実関係の確認に協力したこと、都道府県労働局のハラスメント相談等の制度を利用したこと等を理由として解雇その他の不利益な取扱いは行わない」
この規定がなければ、被害者は安心して相談できません。相談しても二次被害を受けるかもしれない、という不安が、ハラスメントの早期発見を妨げます。
2-5. 項目5:再発防止と教育
ハラスメント発生後の再発防止措置についても、規定に含めます。
これらは事業主のハラスメント防止義務の一環として、明文化することが推奨されます。
3. 厚労省モデル就業規則の活用と落とし穴
ハラスメント懲戒規定の整備にあたって、最も活用しやすいのが厚生労働省が公表しているモデル就業規則です。
3-1. モデル就業規則の入手と活用
厚生労働省は、ハラスメント防止規程の標準的な雛形を、モデル就業規則の形で公表しています。
入手先。
厚生労働省ホームページの「モデル就業規則」 :(https://www.mhlw.go.jp/)
これらは無料でダウンロードでき、Word形式で提供されています。自社の就業規則整備の出発点として、活用する価値は大きいです。
モデル就業規則には、以下が含まれています。
これらをベースに、自社の状況に合わせて修正していく方法が、現実的かつ効率的です。
3-2. モデル就業規則の落とし穴
しかし、モデル就業規則をそのまま採用することには、いくつかの落とし穴があります。
3-3. 自社化のステップ
モデル就業規則を自社化するステップは、以下のように進めます。
これらのステップを、可能であれば顧問の社労士・弁護士の助言を得ながら進めます。
4. 規定整備だけでは足りない運用設計
就業規則の整備は出発点に過ぎず、実際にハラスメントが発生した時の運用設計こそが本体です。
4-1. 相談を受けた時の初動
ハラスメント相談を受けた時、組織として迅速かつ適切な対応が求められます。
初動として行うべきこと。
これらを誰が、いつ、どのように行うかを、事前に明確にしておきます。
4-2. 事実認定の手続き
ハラスメントの事実認定は、慎重な手続きが必要です。
特に重要なのが、加害者への弁明機会の付与です。これを欠いた懲戒処分は、それだけで無効と判断されることがあります。
4-3. 懲戒処分の量定
ハラスメントが認定された場合、懲戒処分の量定は慎重に行います。
判断要素。
軽微な事案でいきなり懲戒解雇に進むと、懲戒権の濫用として無効判断のリスクがあります。段階的処分の原則を踏まえ、行為の重大性に見合った処分を選びます。
4-4. 客観的記録の重要性
これら全ての段階で、客観的記録が決定的に重要です。
記録すべき項目。
これらが時系列で記録されていれば、後に加害者から不当処分として訴えられた場合も、会社側の対応の正当性を立証できます。記録がなければ、どれほど適切に対応していても、立証が困難になります。
4-5. 二次被害の防止
ハラスメント対応で見落とされがちなのが、二次被害の防止です。
二次被害の例。
これらが発生すると、相談者の心身への影響が深刻化するだけでなく、組織全体に「相談しても損をする」という認識が広がります。結果として、次のハラスメントが相談されなくなり、問題が水面下で深刻化します。
二次被害を防ぐには、相談者・調査協力者の保護を、規定だけでなく実際の運用で徹底する必要があります。
5. 就業規則整備を「使える状態」にするポイント
最後に、就業規則のハラスメント懲戒規定を「使える状態」にするための5つのポイントを整理します。
5-1. ポイント1:規定と運用マニュアルをセットで整備
就業規則の規定だけでなく、実際の運用マニュアルをセットで整備します。
運用マニュアルに含めるべき内容。
規定と運用マニュアルが揃っていれば、いざという時に組織として一貫した対応ができます。
5-2. ポイント2:管理職への研修
就業規則を整備しても、管理職が内容を理解していなければ運用できません。
管理職向け研修の内容。
これらを定期的に研修として実施することが、規定の実効性を支えます。
5-3. ポイント3:従業員への周知
労働者への周知は法的義務であると同時に、ハラスメント防止の実効性の前提です。
周知の方法。
周知が徹底されていれば、従業員は「会社がハラスメントを許さない姿勢を示している」と認識します。これが組織文化として定着することが、長期的な防止につながります。
5-4. ポイント4:顧問専門家との連携体制
ハラスメント対応は、顧問の弁護士・社労士との連携が不可欠です。
連携体制として整えるべき項目。
顧問専門家との関係を平時から築いておくことで、いざという時の対応速度が劇的に上がります。
5-5. ポイント5:記録基盤の整備
そして最も実務的な基盤が、記録の仕組みです。
記録基盤に求められる要件。
人的リスク管理インフラ「MONTAI」のような記録基盤は、こうした要件を満たす形で設計されています。日常の業務記録から、ハラスメント対応の経緯記録、対応プロセスの記録まで、一元管理することで、規定の実効性を支えます。
まとめ:規定整備は出発点、運用記録が結果を決める
ここまで論じてきた内容を整理します。
ハラスメントを懲戒処分するためには、就業規則の根拠規定が必須です。最高裁判例(フジ興産事件)が確立したこの原則は、現代でも変わっていません。2022年4月のパワハラ防止法中小企業適用以降、すべての企業がこの整備を求められています。
整備すべき項目は、ハラスメント禁止規定、懲戒処分の根拠規定、相談窓口と対応プロセス、プライバシー保護と不利益取扱禁止、再発防止と教育の5つです。厚生労働省のモデル就業規則を出発点に、自社の実情に合わせて修正していくことが、現実的かつ効率的なアプローチです。
しかし、規定の整備は出発点に過ぎません。実際にハラスメントが発生した時、客観的事実認定、加害者への弁明機会、相談者保護、相当性ある懲戒の量定など、複数の要件を踏まえた運用が必要です。そして、これら全ての段階で客観的記録が決定的に重要になります。
ハラスメント懲戒規定を「使える状態」にするには、規定と運用マニュアルのセット整備、管理職研修、従業員への周知、顧問専門家との連携、記録基盤の整備、これら5つのポイントを揃える必要があります。一つでも欠けていると、規定があっても実効性が伴いません。
ハラスメント対応は、組織の中で最も繊細で、最も重い責任を伴う業務の一つです。だからこそ、規定整備という形式から始まって、運用設計、記録基盤まで、段階的に体制を整えていくことが、結果として組織と人を守ることにつながります。
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MONTAIは、ハラスメント対応を含む労務プロセスの記録を、組織として安全に蓄積するインフラとして設計されています。相談受付の記録、事実認定の経緯、懲戒処分の判断根拠、再発防止策の実施状況。これらを時系列で一元管理し、アクセス権限を厳格に設計することで、プライバシー保護と組織的記録の両立を実現します。顧問弁護士・社労士との連携も効率化されます。
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