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はじめに
「あの社員に退職してもらいたい。いくら払えば応じてくれるだろうか」
経営者からこのような相談を受けることがあります。問題社員への対応に苦慮し、最終的に金銭による合意退職を目指す段階に来ている。具体的にいくらを提示すればよいか、目安を知りたいという切実な問いです。
ネットで「退職勧奨 解決金 相場」と検索すると、「給与の3〜6ヶ月分」という数字が目に入ります。これは弁護士事務所や法律情報サイトで広く共有されている目安です。
しかし、この数字を見て「では月給の3ヶ月分を提示すればよいのか」と機械的に判断すると、思わぬ落とし穴があります。実際の交渉では、相場通りに提示しても拒否されることがあり、逆に予想以上に低い金額で合意に至ることもあります。
本記事では、退職勧奨の解決金について、流通している相場の根拠、額を決める要因、税制上の扱い、そして「相場通り」では決まらない実際の交渉構造を整理します。これから退職勧奨を進めようとしている経営者・人事担当者の方が、解決金の現実を踏まえた判断ができるための実務記事として、お読みいただきたい一本です。
1. 流通している「相場」の根拠
最初に、業界で広く流通している「3〜6ヶ月分」という相場の根拠を整理します。
1-1. 「月給の3〜6ヶ月分」という目安の出所
複数の弁護士事務所のサイトを確認すると、退職勧奨の解決金の相場として「月給の3〜6ヶ月分」という数字が共通して提示されています。これには明確な根拠が複数あります。
第一に、再就職までの平均期間との対応です。独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によると、失業継続期間は男性平均4.4ヶ月、女性平均2.9ヶ月、男女合計で平均3.6ヶ月とされています。退職後の生活を保障する観点から、平均的な失業期間をカバーする金額が、合意形成の目安となります。
第二に、解雇予告手当との比較です。労働基準法20条は、解雇予告期間(30日)を置かない場合、30日分以上の平均賃金を支払うことを定めています。これは1ヶ月分相当ですが、退職勧奨は本来義務ではない金銭支払いを伴うため、解雇予告手当より高い水準が一般的になります。
第三に、訴訟リスクとの比較です。仮に不当解雇判決が出た場合、未払賃金(バックペイ)の支払いが命じられます。解雇から判決までの期間(多くの場合6ヶ月から1年以上)の賃金支払いリスクを考えると、合意退職時の3〜6ヶ月分の解決金は、リスク回避コストとして合理的な水準とされます。
1-2. JILPT調査による労働審判の和解金額
労働政策研究・研修機構(JILPT)が令和5年4月に発表した「労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析」では、より具体的な数値が示されています。
労働審判における解決金額。
この数値は、労働審判という訴訟手続きの中での和解金額です。退職勧奨の段階で合意する場合は、これより低めの金額で済むことが多いですが、参考指標として有用です。
裁判上の和解では、給与の6ヶ月から9ヶ月分が多いとされています。これは退職勧奨の段階で拒否され、訴訟まで進んだ場合の水準です。
1-3. 段階別の相場
解決金の水準は、紛争がどの段階にあるかによって異なります。
訴訟外の交渉段階。解雇または退職勧奨を巡る紛争が顕在化する前、または初期段階の交渉では、月給3〜6ヶ月分が中心です。会社側が「解雇は有効である」という前提で交渉を始めるため、この水準に収まることが多いです。
労働審判段階。労働者敗訴の心証の場合は2〜3ヶ月分、判断が微妙な事案では6ヶ月分前後、労働者勝訴の心証の場合は6ヶ月から1年分程度となる傾向があります。
訴訟段階の和解。給与の6〜9ヶ月分が中心。場合によっては1年から2年分に及ぶこともあります。
不当解雇が明白なケース。会社側のリスクが極めて大きいため、12ヶ月分以上、場合によっては2年分以上の解決金が支払われることもあります。
これらの段階別相場を見ると、紛争が深く進むほど解決金は高額化する傾向が明確です。早期の段階で合意できれば、双方にとってコストは低くなります。
2. 解決金の額を決める要因
「3〜6ヶ月分」は起点となる目安に過ぎず、実際の額は複数の要因で大きく変動します。
2-1. 会社側の要因
会社側の事情として、以下が解決金額に影響します。
解雇の正当性。客観的合理的理由と社会通念上の相当性が揃った正当な解雇であれば、解決金は低めに抑えられる可能性があります。逆に解雇の正当性が乏しい場合、会社側はバックペイ支払いリスクを避けるため、高めの解決金を提示せざるを得ません。
辞めてもらいたい強さ。会社が当該社員に「何としても辞めてもらいたい」と強く考えている場合、解決金は高くなる傾向があります。「働き続けてもらっても構わない」という姿勢であれば、解決金の増額は抑えられます。
組織への影響度。当該社員が組織に与えている悪影響が大きい場合、早期解決のために高めの解決金を提示する判断もあり得ます。
会社の財務状況。中小企業や赤字経営の会社では、高額の解決金を支払う余力が限られます。財務状況も交渉の現実的な制約となります。
2-2. 本人側の要因
本人の事情も解決金額に影響します。
勤続年数。長期勤続者ほど、退職に伴う損失が大きいと評価され、解決金は高くなる傾向があります。20年以上勤続の社員であれば、6ヶ月分を大きく超える金額が必要になることもあります。
年齢。再就職が困難とされる年齢層(特に50代後半以降)では、生活保障の観点から解決金が高くなる傾向があります。
役職・専門性。管理職や専門職は再就職の難易度が高く、解決金が高めに設定されることがあります。
家族構成。扶養家族が多い場合、生活への影響が大きいため、これも解決金の判断材料となります。
健康状態。メンタル不調などで通常の再就職活動が困難な状態にある場合、生活保障期間を長く見積もる必要があります。
復職意思。本人が復職を強く希望している場合、合意退職に持ち込むためには高額の解決金が必要になります。逆に「次の機会を探したい」という前向きな意向があれば、低めの解決金でも合意に至ります。
2-3. 業界・企業規模の要因
外資系企業や大手企業では、退職時の特別退職金(パッケージ)として年収の半年分から1年分以上が提示されることが珍しくありません。これは外資系特有の文化と、訴訟リスク回避の慣行から来るものです。
日本の中小企業では、月給3〜6ヶ月分が現実的な水準となることが多いです。
業界によっても傾向があります。金融、コンサルティング、IT業界では比較的高め、サービス業や小売業では比較的低めの傾向があります。
3. 「相場通り」では決まらない理由
ここまで相場と要因を整理してきましたが、実際の交渉では「相場通り」の金額提示で合意に至ることは、必ずしも多くありません。
3-1. 提示額より、提示に至る経緯が重要
経営者が「月給3ヶ月分を提示する」と決めて退職勧奨に臨んでも、本人が応じるかどうかは金額そのものより、提示に至る経緯で決まります。
経緯として重要な要素。
これらが揃っていれば、本人は「会社が誠実に対応してきた」と感じ、提示された解決金が相場の範囲であれば応じやすくなります。
逆に、これらが揃っていない状態で突然「3ヶ月分の解決金を提示するから辞めてほしい」と言われても、本人は警戒します。「なぜ自分なのか」「他に選択肢はないのか」「もっと払えるのではないか」という疑念が生じ、交渉が硬直化します。
3-2. 記録不足が、解決金額を引き上げる
これは経営者にとって不愉快な事実ですが、率直に共有する必要があります。
会社側に記録が不足している場合、解決金額は上がる傾向があります。理由は2つあります。
第一に、本人側の弁護士が「不当解雇の可能性が高い」と判断するためです。記録がないということは、不当解雇判決のリスクが高いことを意味します。本人側はこのリスクを背景に、高額の解決金を要求してきます。
第二に、会社側も記録不足を自覚しているため、強気の交渉ができません。「裁判になったら負ける可能性が高い」という前提で、譲歩せざるを得なくなります。
つまり、記録の有無が解決金額を直接左右するのです。日常的に記録を整えていれば3ヶ月分で済んだ案件が、記録不足のために6ヶ月分以上を支払うことになる、という構造です。
3-3. 「相場」を超える金額を提示する判断
逆に、戦略的に相場を超える金額を提示する判断もあります。
たとえば、当該社員が組織に与えている悪影響が極めて大きく、1日でも早く辞めてもらいたい場合。この場合、相場を超える金額(たとえば9〜12ヶ月分)を提示することで、合意の確度を上げる判断があり得ます。
組織への悪影響を金銭換算した時、相場を超える解決金を支払っても経営的に合理的、という判断です。これは「お金の問題ではない、時間の問題」という経営判断から来るものです。
このような判断は、単独で行うのではなく、必ず顧問の弁護士・社労士と相談して行います。
4. 解決金の税制上の扱い
経営者・人事担当者として、税制上の扱いも理解しておく必要があります。
4-1. 退職所得として扱う場合
解決金を「特別退職金」「上乗せ退職金」として、退職所得として扱う方法があります。これが多くのケースで採用されます。
退職所得の特徴。
退職所得として扱うためには、退職に直接関連する金銭であることが明確である必要があります。退職合意書の中で「特別退職金」として明記することが推奨されます。
4-2. 一時所得として扱う場合
解決金を「示談金」「和解金」として、一時所得として扱う場合もあります。
一時所得の特徴。
退職金規程との整合性、または和解の性格を強調したい場合に、一時所得として扱うことがあります。
4-3. 給与所得や非課税所得との区別
解決金の中に、未払賃金、残業代、慰謝料が含まれる場合、それぞれの性質に応じた課税区分となります。
複数の性質の金銭が含まれる場合、合意書で明確に区分することが重要です。区分を曖昧にすると、税務署から課税区分を指摘されるリスクがあります。
4-4. 源泉徴収の扱い
退職所得として扱う場合、退職所得の受給に関する申告書が提出されていれば、勤続年数に応じた控除を踏まえた源泉徴収となります。提出されていない場合は、20.42%が一律源泉徴収されます。
これらの税制上の扱いは複雑なので、合意書を交わす前に必ず税理士または社労士と相談することが推奨されます。
5. 解決金提示の実務的なステップ
ここまでの整理を踏まえて、実際に解決金を提示する際のステップを整理します。
5-1. 事前準備
解決金を提示する前に、以下を整理します。
これらを踏まえて、提示する解決金の幅を決めます。たとえば「初回提示は3ヶ月分、合意できなければ最大6ヶ月分まで」という幅です。
5-2. 初回提示の戦略
初回の提示金額は、最終的に合意したい金額より低めに設定します。これは交渉の余地を残すためです。
ただし、低すぎる金額は本人を怒らせ、その後の交渉を硬直化させます。「本気で対話する姿勢がない」と受け取られないよう、相場の下限程度(月給3ヶ月分前後)を起点とすることが多いです。
提示時には、解決金の根拠を説明します。「月給×ヶ月分」という算定根拠、再就職までの生活保障の観点、これまでの貢献への配慮など、本人が納得できる説明を伴うことが重要です。
5-3. 交渉の進め方
初回提示の後、本人が即答することは稀です。検討期間を置いた後、本人または本人の代理人弁護士から反応があります。
反応のパターン。
これらに応じて、交渉を進めます。重要なのは、感情的にならず、事実に基づいて冷静に対応することです。
交渉の各段階で、合意が見えにくくなった場合は、顧問専門家に相談します。「自分一人で判断する範囲」と「専門家に相談する範囲」の境界を、事前に決めておくことが推奨されます。
5-4. 合意成立後の文書化
合意に至ったら、退職合意書を作成します。退職合意書の重要性は別の記事で詳しく論じています。
合意書に盛り込むべき項目。
合意書の文面は、必ず弁護士のチェックを受けます。文面の細部が、後の紛争予防に直結します。
まとめ:相場を起点に、自社の事情で判断する
ここまで論じてきた内容を整理します。
退職勧奨の解決金の相場として「月給の3〜6ヶ月分」が広く流通していますが、これは絶対的な数値ではありません。会社側の要因(解雇の正当性、辞めてもらいたい強さ、財務状況)と本人側の要因(勤続年数、年齢、家族構成、復職意思)が絡み合って、実際の解決金額は決まります。
そして、解決金額を最も大きく左右するのは、提示する金額そのものではなく、提示に至る経緯です。日常的に指導・対話・改善機会の記録が蓄積されていれば、相場の範囲内の解決金で合意に至りやすく、記録が不足していれば相場を超える解決金が必要になります。
経営者として「いくら払えば辞めてもらえるか」を考える前に、まず確認すべきことがあります。これまでの対応の記録は揃っているか。本人と対話を重ねてきた経緯はあるか。代替手段は検討してきたか。これらが揃っていれば、解決金の交渉は健全に進みます。揃っていなければ、まず記録の整理から始めることが、結果として解決金額を抑えることにつながります。
そして、提示する解決金の額、税制上の扱い、合意書の文面については、必ず顧問の弁護士・社労士・税理士と相談します。専門家への相談コストは、不適切な解決金提示や合意書のリスクと比べれば、極めて小さい投資です。
解決金は、退職勧奨の最終局面での金銭判断ですが、その判断の質は、それまでの組織運営の質によって決まります。日々の記録、対話、誠実な対応の積み重ねが、いざという時の解決金交渉を健全に支えます。
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MONTAIは、退職勧奨に至るまでの日々の指導・対話・改善機会の記録を、組織として蓄積するインフラとして設計されています。記録が時系列で整理されていれば、退職勧奨時の事実整理が短時間で完了し、顧問弁護士・社労士への相談も効率的に進められます。結果として、解決金の交渉を健全な水準で進められます。
「退職勧奨を視野に入れているが、記録の整理から始めたい」「過去の対応経緯を整理して専門家に相談したい」といった段階から、ぜひお声がけください。
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