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「人的資本は人事の領域」──。少し前まで、それが企業内の共通認識でした。しかし、人的資本情報の有価証券報告書への開示義務化、コーポレートガバナンス・コードの改訂、機関投資家による人的資本エンゲージメントの高度化により、CFO・財務責任者が人的資本に関与する必然性は、ここ数年で大きく高まりました。本記事では、CFOが人的資本に関与すべき5つの理由を、財務報告・内部統制・投資家対話・引当金・ガバナンスの視点で整理し、CHRO・経営企画・内部監査との連携設計を、財務責任者の語彙で解説します。「自分の所管ではない」という認識から一歩踏み出し、CFOの職責の延長として人的資本を扱うための共通言語として、ご活用ください。
「人的資本」がCFOの担当範囲に入る構造変化
開示義務化が線引きを変えた
2023年3月期から、有価証券報告書において人的資本・多様性に関する情報の記載が義務化されました(内閣府令「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正)。有価証券報告書はCFOが署名する文書であり、ここに人的資本情報が記載される以上、CFOは情報の信頼性に対して責任を持つ立場になります。
これは、単なる開示項目の追加ではなく、「人的資本がCFOの責任領域に入った」という構造変化を意味します。情報源・集計プロセス・統制の各層について、CFOが点検する視座を持つ必然性が、制度的に生まれたと言えます。
コーポレートガバナンス・コードの要請
2021年6月改訂のコーポレートガバナンス・コード(東京証券取引所)は、サステナビリティ課題への対応を取締役会の責務として明示しました。人的資本はサステナビリティの中核テーマであり、取締役会レベルの議論の対象となっています。
取締役会の議論を支える事務局機能を担うのは、多くの企業でCFO・経営企画です。人的資本に関する経営判断を取締役会で議論する材料を整える役割は、CFOの実務領域に既に組み込まれつつあります。
投資家エンゲージメントの変質
機関投資家とのエンゲージメントは、過去10年で大きく変質しました。財務指標中心の議論から、ESG・サステナビリティ・人的資本を含む長期価値創出の議論へ。投資家との対話の場で、CFOが人的資本に関する質問を受ける機会は、年々増加傾向にあります。
「その分野はCHROに譲ります」という対応は、もはや成立しにくくなっています。CFOが財務責任者として人的資本を語れることが、IRコミュニケーションの厚みを決める時代に入っています。
CFOが関与すべき5つの理由
CFOが人的資本に関与すべき必然性を、5つの理由で整理します。
前述のとおり、人的資本情報は有価証券報告書の記載事項となりました。CFOは、有価証券報告書全体の信頼性に対して責任を負う立場であり、人的資本に関する数字・記述についても、**「実態を反映しているか」「集計プロセスは合理的か」「内部統制は機能しているか」**を点検する責務を担います。
形式的にCHROに作成を委ねるのではなく、CFOが点検プロセスに実質的に関与することが、開示の信頼性を担保する基本構造です。
財務報告に係る内部統制(J-SOX)の評価において、統制環境は全ての統制の基盤として位置づけられています。統制環境は、誠実性・倫理観・経営者の意向・組織構造・権限と職責・人的資源の方針と管理によって構成されており、いずれも人事領域と深く関わります。
CFOが、業務プロセスの統制活動だけでなく、上流の統制環境(=人事領域の運用品質)に関心を向けることは、内部統制の実効性を支える基本動作です。
理由③
訴訟・労務リスクの引当金・偶発債務
労務関連の訴訟・労働審判が現実化した場合、引当金・偶発債務の認識が論点となります。これはCFO・会計監査人の直接的な関心領域であり、事案の発生確率・影響額・対応プロセスを平時から把握しておく必要があります。
労務リスクの財務インパクトは、訴訟費用にとどまらず、離職コスト・採用コスト・生産性低下まで広がります。CFOがこれらを財務責任の視野で扱うことは、適切な予算編成・財務戦略の前提となります。
理由④
投資家対話・IRコミュニケーション
機関投資家とのエンゲージメントにおいて、人的資本に関する質問は近年増加傾向にあります。離職率の数字の背景、エンゲージメントスコアの解釈、人材戦略と経営戦略の接続、人事領域のガバナンス体制──。CFOがこれらに対して、運用品質と数字を一貫したストーリーで説明できることが、IRコミュニケーションの厚みを決めます。
説明の骨格は、CHRO・経営企画と共同で事前に整えておく性質のものであり、その整備を主導する位置にいるのは多くの企業でCFOです。
理由⑤
取締役会・監査役会の議論
取締役会・監査役会において、人的資本に関する議論を有効に行うには、経営アジェンダとして整理された論点が必要です。エンゲージメントスコア・離職率といった数字だけでなく、その背景にある運用品質・リスク状況・投資効果を、経営層が議論できる材料として準備する役割は、CFO・経営企画・CHROの共同責任です。
CFOがこの議論の質を引き上げる役割を担うことは、ガバナンスの実効性を支える基本動作です。
CFOがリードすべき「経営との接続」
人的資本の議論をCFOがリードする際、最も付加価値の高い領域は、**「人的資本と経営戦略・財務戦略との接続」**です。
KPIと事業計画の接続
人的資本に関するKPI(離職率、エンゲージメントスコア、研修投資額、女性管理職比率等)を、事業計画のKPIとどう接続するか。CFOが事業計画の責任者として、人的資本KPIを事業計画の構成要素として位置づけることで、議論の質が変わります。
人的資本投資のROIをどう測り、説明するかという論点は、別記事「人的資本投資のROIをどう測るか」で詳しく整理しています。
投資配分の議論
研修・採用・エンゲージメント施策・人事制度刷新・運用層(記録の仕組み化等)への投資配分を、経営戦略との整合で議論する場面で、CFOの財務的視点は不可欠です。短期の財務インパクトと中長期の遅延性のあるリターンを、同じテーブルで扱える視座を持つCFOが、人的資本投資の適切な配分を支えます。
リスク管理との統合
労務リスクの財務インパクトを、エンタープライズ・リスク・マネジメント(ERM)の枠組みに統合する役割は、CFOがリードする領域です。詳細は「労務リスクの財務インパクト」で整理していますが、CFOが財務責任者として、人事リスクをERMの主要カテゴリの一つとして位置づけることが、企業全体のリスク管理の質を高めます。
CFOとCHRO・経営企画・IRの連携
人的資本の議論をCFOが実効的にリードするには、CHRO・経営企画・IR・内部監査との連携が前提となります。それぞれの役割と連携の論点を整理します。
CFOとCHROの連携
CHRO(人事担当役員)は、人材戦略・人事制度・運用品質の責任者です。CFOがCHROと連携する際の論点は、人材戦略と経営戦略の接続、人的資本投資のROI、人事領域の内部統制の3つに集約されます。
連携を実効化するには、定期的な議論の場(月次・四半期の経営会議の常設アジェンダ、人的資本委員会等)として制度化することが有効です。属人的な連携では、継続性と質の担保が難しくなります。
CFOと経営企画の連携
経営企画は、事業計画・KPI設計・取締役会事務局を担うことが多い部門です。CFOと経営企画が連携することで、人的資本KPIが事業計画に組み込まれ、取締役会の議論材料として整備されます。
CFOとIRの連携
IRは、機関投資家・アナリストとの対話の窓口です。CFOとIRが連携することで、人的資本に関する説明骨格が事前に整備され、エンゲージメントの場で一貫したメッセージを発信できます。
CFOと内部監査の連携
内部監査は、内部統制の運用状況をモニタリングする役割を担います。CFOと内部監査が連携することで、人事領域の内部統制を継続的に点検する仕組みが整います。詳細は「人事の内部統制とは|CFOが点検すべき5つの観点」で整理しています。
ハードスキルとソフトスキルの結節点としてのCFO
人的資本に関与するCFOの役割は、ハードスキル(財務・会計・経営戦略)とソフトスキル(組織・人材・文化)の結節点に立つことです。
「数字を語る」だけでなく「数字の背景を語る」
CFOは、数字の正確性・整合性の責任者ですが、人的資本の議論では、**「数字の背景にある運用品質」**を語る役割も担います。エンゲージメントスコア・離職率といった数字を、運用品質との関連で解釈し、経営アジェンダとして整理できる視座が求められます。
経営アジェンダの「優先順位設計」
人的資本に関する経営判断は、短期の財務インパクトと中長期の戦略的価値の間で、優先順位設計が難しい領域です。CFOが、財務責任者としての視座と経営戦略への理解を両立させて、優先順位設計をリードすることが期待されます。
「測れないもの」を扱う姿勢
人的資本投資の効果は、遅延性と多面性により、単純な式で測れない領域を多く含みます。CFOが「測れないから議論しない」のではなく、「測れない範囲を構造と仮説で扱う」姿勢を示すことが、組織全体の人的資本に向き合う姿勢を変えます。
CFOが取り得る5つのアクション
具体的なアクションとして、CFOが今すぐ取り組める打ち手を5つ整理します。
1
有価証券報告書の人的資本記述の点検プロセス確立
人的資本に関する記載内容を、CFOが点検する仕組みを制度化します。CHRO・経営企画・IRと協議し、開示前のレビュー手順を文書化することが出発点になります。
2
人事領域の内部統制点検
J-SOX評価の枠組みのなかで、人事領域(統制環境)の点検を、年次の取組みとして組み込みます。詳細は記事7「人事の内部統制」でご紹介しています。
3
労務リスクのストレステスト
労務リスクの財務インパクトについて、年1回程度のストレステストを実施します。経営会議・取締役会への報告材料として整備することで、平時の抑制策への投資判断が促されます。
4
投資家対話の説明骨格の整備
機関投資家エンゲージメントにおける人的資本関連の質問への回答骨格を、CHRO・経営企画・IRと共同で整備します。
5
人的資本投資のROI試算プロセスの確立
人的資本投資(研修・採用・エンゲージメント施策・運用層への投資等)の配分と、その効果測定の枠組みを整備します。詳細は記事8「人的資本投資のROIをどう測るか」でご紹介しています。
MONTAIが支える「CFOの新しい責務」
MONTAI(モンタイ)は、人的リスク管理インフラとして、CFOが財務責任者の視座から関与する人的資本領域のうち、運用層の仕組み化を支援するSaaSです。
CFOの関心領域へのフィット
内部統制(統制環境としての人事領域):運用品質の可視化・標準化・保全
訴訟・労務リスクの平時抑制:記録の証拠力強化・選択肢の確保
開示の信頼性:数字の上流にある運用層の品質担保
ROIの説明:運用品質指標の数字化
他社との補完関係
人事情報システム・エンゲージメントサーベイ・HRデータ分析ツール・人事コンサルティング・社労士・弁護士・会計監査人──これらの専門サービスと、MONTAIは補完関係にあります。MONTAIは、人事領域の「運用記録の層」を担うインフラとして、各社の取組みを支える基盤になります。
運用パターンの選択肢
企業規模・運用ステージに応じた段階的な導入が可能です。300〜1,000名規模は「人事配布型(推奨モデル)」、1,000名以上は「限定常設型」、100〜300名規模は「イベントドリブン型」が標準的なご提案です。CFOとして導入を検討する場合、自社の規模・リスク特性・内部統制の成熟度に応じて、人事・内部監査との協議のうえご判断ください。
なお、MONTAIは法的判断・会計処理・人事制度設計を代替するものではありません。具体的な制度設計・会計処理については、社会保険労務士・弁護士・会計監査人・人事コンサルティングへのご相談を前提に設計してください。
まとめ
人的資本は、もはや「人事の領域」ではなく、CFOが財務責任者の視座から関与すべき経営アジェンダです。有価証券報告書の信頼性、内部統制の統制環境、訴訟・労務リスクの引当金・偶発債務、投資家対話、取締役会・監査役会の議論──これら5つの理由は、いずれもCFOの職責の延長線上にあります。
CFOがリードすべきは、人的資本と経営戦略・財務戦略の接続であり、その役割を実効化するには、CHRO・経営企画・IR・内部監査との連携設計が前提となります。ハードスキルとソフトスキルの結節点に立ち、「測れない領域」を構造と仮説で扱う姿勢が、長期の信頼形成を支えます。
MONTAIは、運用層の仕組み化を通じて、CFOの新しい責務を支える選択肢の一つです。CFOクラスタの他記事(記事7「人事の内部統制」、記事8「人的資本投資のROI」、記事9「労務リスクの財務インパクト」)と併せてご参照いただくことで、CFOが向き合う人的資本のテーマを多角的に整理いただけます。
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参考・引用
内閣府令「企業内容等の開示に関する内閣府令」(人的資本開示関連改正)
東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」(2021年6月改訂)
企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」
経済産業省「人材版伊藤レポート」(2020年)「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)
金融庁「サステナビリティ情報の開示」
ISO30414:2018(人的資本報告に関するガイドライン)


